白痴の切なさは私自身の切なさだった。
私も、もしゴミタメをあさり、野に伏し縁の下にもぐりこんで生きていられる自信があるなら、家を出たい、青空の下へ脱出したいと思わぬ日はなかった。
私はそのころ中学生で、毎日学校を休んで、晴れた日は海の松林に、雨の日はパン屋の二階にひそんでいたが、私の胸は悲しみにはりさけないのが不思議であり、罪と怖れと暗さだけで、すべての四囲がぬりこめられているのであった。
白痴の切なさは私自身の切なさだった。
私も、もしゴミタメをあさり、野に伏し縁の下にもぐりこんで生きていられる自信があるなら、家を出たい、青空の下へ脱出したいと思わぬ日はなかった。
私はそのころ中学生で、毎日学校を休んで、晴れた日は海の松林に、雨の日はパン屋の二階にひそんでいたが、私の胸は悲しみにはりさけないのが不思議であり、罪と怖れと暗さだけで、すべての四囲がぬりこめられているのであった。