それというのが、病みやつれた庄吉と話しているのが苦痛で堪えられなかったからで、一向にはやらない三文文士の栗栖按吉に〆切に追われる仕事もないものだが、それをきくと庄吉は全然すまながって、そうだったか、無理にきてくれたのか、かんべんしてくれ、小さくちぢんだ顔はそれだけでもう元々涙をためているように見えるのであった。
それでも按吉は色々と言葉をつくして、たとえ女房が浮田と失踪しても必ずしも肉体の関係があるとは限らない。
元々痴情の家出ならともかく、亭主と喧嘩して飛びだす、そういう場合は別で、自分はさる娘と十日あまりも恋愛旅行をしたことがあるが娘は身をまかせなかった、女房も今度の場合のような家出はそんなようなもので、一応は必ず肉体的なことはイヤだと言うにきまっているのだから、相手がまだ学生で坊ちゃんの浮田のことだからそれを押してどうすることになる筈がなく、極めて感傷的な旅行にくたびれているぐらいのところだろう。