本のことにはふれておらず、ただ遊びに来てくれるようにという文面であったが、私達が突然親しくなるには家庭の事情もあり、新潟鉄工所の社長であったSという家が矢田家と親戚であり、S家と私の新潟の生家は同じ町内で、親たちも親しく往来しており、私も子供の頃は屡々遊びに行ったものだった。
私の母が矢田さんを親愛したのも、そのつながりがあるせいであり、矢田さんの母が私を愛してくれたのも、第一には、そのせいだった。
私は遊びに行った始めての日、母と娘にかこまれ、家族の一人のような食卓で、酒を飲まされて寛いでいた。