長蔵さんが敷居の上に立って、往来を向きながら、ここへ泊って行こうと云い出した時、こんな破屋でも泊る事が出来るんだったと、始めて意識したよりも、すべての家と云うものが元来泊るために建ててあるんだなと、ようやく気がついたくらい、泊る事は予期していなかった。
それでいて身体は蒟蒻のように疲れ切ってる。
平生なら泊りたい、泊りたいですべての内臓が張切れそうになるはずだのに、没自我の坑夫行、すなわち自滅の前座としての堕落と諦めをつけた上の疲労だから、いくら身体に泊る必要があっても、身体の方から魂へ宛てて宿泊の件を請求していなかった。