僕は元来筆不性以上に読み不性で、日々の雑誌など読むためしがないので、文芸時評はやらないことになっていたが、東京新聞のヨリタカ君は彼が帝大生で碁の主将をしていた時代、ふと知りあい彼は僕に碁の教授をしてくれた。
即ち先生で、男の子はダラシがないもので、外ならぬ先生のたのみであるから三度に一度は仕方がなく、ムニャムニャ引受ける。
翌日からヨリタカ先生に入れ代って寺田君が連日十冊ぐらいずつ雑誌をとどけて来て之も読めあれも読めという。
僕は元来筆不性以上に読み不性で、日々の雑誌など読むためしがないので、文芸時評はやらないことになっていたが、東京新聞のヨリタカ君は彼が帝大生で碁の主将をしていた時代、ふと知りあい彼は僕に碁の教授をしてくれた。
即ち先生で、男の子はダラシがないもので、外ならぬ先生のたのみであるから三度に一度は仕方がなく、ムニャムニャ引受ける。
翌日からヨリタカ先生に入れ代って寺田君が連日十冊ぐらいずつ雑誌をとどけて来て之も読めあれも読めという。