それは私が小林という人物を煮ても焼いても食えないような骨っぽい、そしてチミツな人物と心得、あの男だけは自動車にハネ飛ばされたり川へ落っこったりするようなことがないだろうと思いこんでいたからで、それは又、私という人間が自動車にハネ飛ばされたり川へ落っこったりしすぎるからのアコガレ的な盲信でもあった。
思えば然しこう盲信したのは私の甚しい軽率で、私自身の過去の事実に於いて、最もかく信ずべからざる根拠が与えられていたのである。
十六、七年前のこと、越後の親戚に仏事があり、私はモーニングを着て東京の家をでた。