又、私の目指す文学は、それを言いきることが直接の目的でもないのである。
小説の部分部分の文章は、それ自らが停止点、飽和点であるべきでなく、接続点であり、常に止揚の一過程であり、小説の最後に至るまで燃焼をつづけていなければならないと思う。
燃焼しうるものは寧ろ方便的なものであって、真に言いたいところのものは不燃性の「あるもの」である。
又、私の目指す文学は、それを言いきることが直接の目的でもないのである。
小説の部分部分の文章は、それ自らが停止点、飽和点であるべきでなく、接続点であり、常に止揚の一過程であり、小説の最後に至るまで燃焼をつづけていなければならないと思う。
燃焼しうるものは寧ろ方便的なものであって、真に言いたいところのものは不燃性の「あるもの」である。