この設計図をついで中央政府をほぼ完成したのは三人の女帝と彼女らの育てた太陽の子たちであったが、聖徳太子の設計図は正しかったし、図面通りの作業を行う三人の女帝の細心な手腕も狂いが少なかった。
こうして大陸の文化の香り高い奈良の都ができて、三女帝リレーの合作によって彼女らの家系の中央政権が確立しつつあったと云える。
聖武天皇が全能を行うために国の富を傾けてしまったので、諸国に不平不信が起り、その娘たる女帝の身辺に於ても反乱のキザシは一時にひろがり、奈良の都は陰謀によってとざされるかに至ったのである。