さんざっぱらお前さんで、厭になるほどやられた揚句の果、もうとうてい御前さん以上には浮ばれないものと覚悟をしていた矢先に、突然あなたの昔に帰ったから、思いがけない所で自己を認められた嬉しさと、なつかしさと、それから過去の記憶――自分はつい一昨日までは立派にあなたで通って来た――それやこれやが寄って、たかって胸の中へ込み上げて来た上に、相手の調子がいかにも鄭寧で親切だから――つい泣きたくなった。
自分はその後いろいろな目に逢って、幾度となく泣きたくなった事はあるが、擦れ枯しの今日から見れば、大抵は泣くに当らない事が多い。
しかしこの時頭の中にたまった涙は、今が今でも、同じ羽目になれば、出かねまいと思う。