藤原一門中の最大の策師と見られる百川は道鏡の生地の太夫職をつとめ、女帝と道鏡のために舞いをまい、心からの番頭のようであった。
史家はそれをも道鏡をあざむく百川の策と見る人があるが、私はそれを信じない。
百川はすぐれた策師の故に、物の実体を見ぬく力も人一番であったろう。
藤原一門中の最大の策師と見られる百川は道鏡の生地の太夫職をつとめ、女帝と道鏡のために舞いをまい、心からの番頭のようであった。
史家はそれをも道鏡をあざむく百川の策と見る人があるが、私はそれを信じない。
百川はすぐれた策師の故に、物の実体を見ぬく力も人一番であったろう。