しかも道鏡は女帝の死後に至っても、甚しく純心無垢で、まさに死せる女帝の正しい心とことごとく相和すべき童心の主であったことを一貫して示している如くである。
即ち藤原氏の策師たちが己れに有利な天皇たるべき皇胤を血眼で探しまわっているとき、彼のみはただ死せる女帝の生々しい墓前に庵をむすんで坐りつづけ、夜も昼もかわりなく、女帝の霊を見まもっていた。
正しい位置にある心から一途に発する敬愛のマゴコロのみが全てであったと私は信ずる。
しかも道鏡は女帝の死後に至っても、甚しく純心無垢で、まさに死せる女帝の正しい心とことごとく相和すべき童心の主であったことを一貫して示している如くである。
即ち藤原氏の策師たちが己れに有利な天皇たるべき皇胤を血眼で探しまわっているとき、彼のみはただ死せる女帝の生々しい墓前に庵をむすんで坐りつづけ、夜も昼もかわりなく、女帝の霊を見まもっていた。
正しい位置にある心から一途に発する敬愛のマゴコロのみが全てであったと私は信ずる。