こうした彼の環境をつらぬく原理が、やがて彼自身の偶像たる独自な英雄像を育てあげたので、彼が後年信長との二十余年の同盟に忠実であった当代異例の独自の個性がこうして生れつつあったのである。
彼の父が彼を棄てた如く、家康も亦自分の子供を人質にだし、煮られようと焼かれようと平気であった。
家康を人質にだして勝手に殺すがいいさとうそぶいた広忠のまことの心事はどうであったか、これをたずねるよしもないが、わが子わが孫を人質にだした家康の場合は冷然たるもので、子供や孫ぐらい、彼は平然たるものであった。
こうした彼の環境をつらぬく原理が、やがて彼自身の偶像たる独自な英雄像を育てあげたので、彼が後年信長との二十余年の同盟に忠実であった当代異例の独自の個性がこうして生れつつあったのである。
彼の父が彼を棄てた如く、家康も亦自分の子供を人質にだし、煮られようと焼かれようと平気であった。
家康を人質にだして勝手に殺すがいいさとうそぶいた広忠のまことの心事はどうであったか、これをたずねるよしもないが、わが子わが孫を人質にだした家康の場合は冷然たるもので、子供や孫ぐらい、彼は平然たるものであった。