いつ死んでもいいという最後の度胸はすわっていたが、平常の家康はお人好しで、小心な男であった。
彼は五十ぐらいの年配になっても、まだ、たとえば近臣が何かの変事を告げ知らせると、忽ち顔色青ざめて暫く物が言えなくなるたちであったという。
秀吉の死後、三成一派が家康を夜襲するという噂の時にも彼は顔色を変えてしまったということで、いい年配になってもそういう素直な人だ。
いつ死んでもいいという最後の度胸はすわっていたが、平常の家康はお人好しで、小心な男であった。
彼は五十ぐらいの年配になっても、まだ、たとえば近臣が何かの変事を告げ知らせると、忽ち顔色青ざめて暫く物が言えなくなるたちであったという。
秀吉の死後、三成一派が家康を夜襲するという噂の時にも彼は顔色を変えてしまったということで、いい年配になってもそういう素直な人だ。