「淵」はまとまった作品であるが、私はこういう悪玉の書けない、もしくは書く意志を持たない作家は好きではない。
つまり、人の悪を許したり、目をそむけたり、見のがしたりすることで、自分の悪にも目をとじてしまう。
そういう世俗的な処世法が思想の根柢となっているから、私はこういうものが本質的な通俗文学だと思うのである。
「淵」はまとまった作品であるが、私はこういう悪玉の書けない、もしくは書く意志を持たない作家は好きではない。
つまり、人の悪を許したり、目をそむけたり、見のがしたりすることで、自分の悪にも目をとじてしまう。
そういう世俗的な処世法が思想の根柢となっているから、私はこういうものが本質的な通俗文学だと思うのである。