だがまた、これは場違ひな話ではあるが、さうした私の心理の傾きを、或る時は、私がメタフィジックな函数を持ち客観性を失はない所以だと思ふのであつてみれば、そしてそれも亦、まんざら理由のないことでもないのであつてみれば、私はでは、どうした心構へをとればよいのであらうか?
だからさ、だから『悲しみのみ永遠にして』と、ヴィニィの言ふのは本当だなぞと、考へることは出来るにしても、はやさう考へる段となれば、早くも私の悲しみはゴマ化されてゐるに過ぎない。
だから、だから人間は、気狂ひにならないために概念作用を持つてゐる……か。