仮りにその要求の満足される場所が生活の方に転移するとしても、転移したら転移したとしての詩心の表現物、即ち詩は要求されるのである。
現在の所、だから、詩が要求されないのではない、詩といふ「型」、謂はば詩の生存態がハツキリしてゐないので、詩を要求しようがものはないのである。
では明治時代には、詩が今よりは振るつてゐたと見えるのはどうかと云ふかも知れないが、それに対しては、恐らく当時猶人々は謂ふ所の「町の英雄」で、娘よりも新手のおひきずりをまた打眺めたものであつたといふやうなことも考へられるし、現今詩人達が明治・大正の遺産だけで間に合はす傾向があるに反して、何しろその見本は身辺に乏しかつた明治の詩人は本場のを勉強し活気を持つてゐたと考へられる。