で、まづ我々詩人が、詩の生存態をハツキリと掴むことが問題であると思ふ。
それにはその本場の作品を、読むことよりほかには手がないと思はれる。
「人間修業」だの、「自然に親しむ」なぞといふことが云はれるが、それはもとより大切乍ら、それと詩とは只関係が密接なだけで、先づ何よりも先人の作品は読まれなければならぬ。
で、まづ我々詩人が、詩の生存態をハツキリと掴むことが問題であると思ふ。
それにはその本場の作品を、読むことよりほかには手がないと思はれる。
「人間修業」だの、「自然に親しむ」なぞといふことが云はれるが、それはもとより大切乍ら、それと詩とは只関係が密接なだけで、先づ何よりも先人の作品は読まれなければならぬ。