否寧ろ、棄てて省みなかつたではないか?
蓋し、個人――即ち夢みる動物中の理論なり想像なり幻想なり其他何でもが、他の個人にまで如何に影響するかの其処に生の全ての意味があるのを、その影響以前に於てだけ刹那を考へてゐた泡鳴は、悲劇、即ち生死合一境――言換れば慈愛の境地を見ることがなかつた。
顧ふに、彼こそ「若い人に同情心は不足勝なものです」と言はれる場合の、その「若い人」である……)
否寧ろ、棄てて省みなかつたではないか?
蓋し、個人――即ち夢みる動物中の理論なり想像なり幻想なり其他何でもが、他の個人にまで如何に影響するかの其処に生の全ての意味があるのを、その影響以前に於てだけ刹那を考へてゐた泡鳴は、悲劇、即ち生死合一境――言換れば慈愛の境地を見ることがなかつた。
顧ふに、彼こそ「若い人に同情心は不足勝なものです」と言はれる場合の、その「若い人」である……)