今仮りに「太初に言葉ありき」といふことを考へてみるに、そは「太初に意ありき」といふことであると同時に「太初に意を聴かされしものありき」といふことである。
即ち実在は人間の思考作用に入り来るや空間化され、而してその空間化されし実在に於ては、主語と客語は常に転換され得る。
之を要するに、物は心を予想し、心は物を予想するのがザインであり、それを展開するものが夢である、といふことである。
今仮りに「太初に言葉ありき」といふことを考へてみるに、そは「太初に意ありき」といふことであると同時に「太初に意を聴かされしものありき」といふことである。
即ち実在は人間の思考作用に入り来るや空間化され、而してその空間化されし実在に於ては、主語と客語は常に転換され得る。
之を要するに、物は心を予想し、心は物を予想するのがザインであり、それを展開するものが夢である、といふことである。