だが、神秘を感じて魂の愉悦を覚えるといふことが、私の直観だけのことだとしたら、問題は、何等緊要の事ではなくなるに相違ない。
所で、私はその愉悦たるや、濃淡の差こそあれ、凡ゆる人間に在ると思ふのである。
無いといふ者があるとすれば、それは無いと感ずるのではなく、無いと感ずると、余りに漠然知覚するので、無いといふ表現を採るのである。
だが、神秘を感じて魂の愉悦を覚えるといふことが、私の直観だけのことだとしたら、問題は、何等緊要の事ではなくなるに相違ない。
所で、私はその愉悦たるや、濃淡の差こそあれ、凡ゆる人間に在ると思ふのである。
無いといふ者があるとすれば、それは無いと感ずるのではなく、無いと感ずると、余りに漠然知覚するので、無いといふ表現を採るのである。