私は小学の頃よく父から出て行けと言はれた。
一度も小学から私の不可ないことを知らせた手紙が来た時なぞ、父はそれを仏壇にのせて泣いた後、取りあへず手近にあつた六百円を出して、私にアメリカに蜜柑揉ぎにでも行けと言つたことがあつた。
それが私から出して呉れといふ此の頃では、出せと言へば父は何時も涙ぐんで断るのであつた。
私は小学の頃よく父から出て行けと言はれた。
一度も小学から私の不可ないことを知らせた手紙が来た時なぞ、父はそれを仏壇にのせて泣いた後、取りあへず手近にあつた六百円を出して、私にアメリカに蜜柑揉ぎにでも行けと言つたことがあつた。
それが私から出して呉れといふ此の頃では、出せと言へば父は何時も涙ぐんで断るのであつた。