元来、言葉は説明するためのものなのを、それをそのまゝうたふに用うるといふことは、非常な困難であつて、その間の理論づけは可能でない。
大抵の詩人は、物語にゆくか感覚に堕する。
短歌が、ただ擦過するだけの謂はば哀感しか持たないのは、それを作す人にハーモニーがないからだ。
元来、言葉は説明するためのものなのを、それをそのまゝうたふに用うるといふことは、非常な困難であつて、その間の理論づけは可能でない。
大抵の詩人は、物語にゆくか感覚に堕する。
短歌が、ただ擦過するだけの謂はば哀感しか持たないのは、それを作す人にハーモニーがないからだ。