自覚的な何物をも観せてくれないで神経生存の報告をして下さる。
それといふのが世態で何しろ神経生存だけになつてゐて、まづまあ金ピカ流儀を覚えて「嗤はれないやうに嗤はれないやうに」か、又一方「我等は若きプロレタリアだツ」になるほか差当つて帰趨を知らないからである。
何しろ問題ばかり多くつて解釈は六感的飛躍でやつとけあ結構とあつて、言換ればお道具ばかり沢山あつて朧ろに霞む埃が附いててそれが近代的リュックスなのであつて、その道具のどれでもいいからまあ折々は、嫌さうな顔をして欲しがれば線が太いといふことになるので、何しろ生活といふ生活が脊に腹はかへられぬ範囲以外には出なく、――一方で大人達がさうだと他方女学生達は盛んに、書いた字も読めないくらゐ色どりこまかな封筒でオシタシに舌鼓を打つたのよ、なんてな重要事件を随分忘れてゐられるお友達に出したりしてゐる。