一般が、あの「お揃ひ」を喜ぶ程度には甘く、浮誇なるものであることは既に明らかだが、つまり、自分だけ愉しめるものを愉しむ程の性格の明確性は、存外に稀だといふことであるが、又偶々性格が明確だと見えるや、それは只独善的である場合は多いのだが、従つて誰かが書の価値を公表しない限り、書は弘まらず、殊に「春と修羅」如き地方で印刷されたものの場合尚更さうなのだが、誰一人として今迄その今謂ふ公表をしなかつたといふことは、実以て不思議であり、「運命の悪戯」でしかないのである。
私自身が無名でさへなかつたならば、何とかしたでもあつたらうけれど、私が話をした知名の人達はどう迂つ闊りとしてゐたものか。
私の力説が足りなかつたのか。