つまり水が低きにつく如く、花がひそやかであるが如き気持がなければ、詩は駄目だと思つた。
さういふ気持になるには、己を空うせねばならない。
あまりに自我の強い芸術は、無意識、つまり法悦的境地を欠くから、感覚の性質が如何によくとも、人をジツクリと楽ませることが出来ない。
つまり水が低きにつく如く、花がひそやかであるが如き気持がなければ、詩は駄目だと思つた。
さういふ気持になるには、己を空うせねばならない。
あまりに自我の強い芸術は、無意識、つまり法悦的境地を欠くから、感覚の性質が如何によくとも、人をジツクリと楽ませることが出来ない。