然し人間は弱いものであるから、自分の労を多としまいと思つてゐても傲慢になり易いものであるから、そこで何か一つどうしても宗教に入るといふことが必要であると思つた。
宗教に入つて、尠くも朝と夕方に、帰依する気持があれば、謙譲は持続しやすく、さうであれば、詩的恍惚もミツチリと感じられ、漸次に味の深いものが、生れるやうになる筈だと思つた。
私は今、右のことが分つたので歓喜にむせぶ気持でゐるが、又一方、長年求めあぐんで、暗中模索してゐたものが、一時に分つたので、慄へてもゐるといつた状態である。
然し人間は弱いものであるから、自分の労を多としまいと思つてゐても傲慢になり易いものであるから、そこで何か一つどうしても宗教に入るといふことが必要であると思つた。
宗教に入つて、尠くも朝と夕方に、帰依する気持があれば、謙譲は持続しやすく、さうであれば、詩的恍惚もミツチリと感じられ、漸次に味の深いものが、生れるやうになる筈だと思つた。
私は今、右のことが分つたので歓喜にむせぶ気持でゐるが、又一方、長年求めあぐんで、暗中模索してゐたものが、一時に分つたので、慄へてもゐるといつた状態である。