私としては、従来のものを一新しようといふ新短歌作者等が、どうしていつそ寛闊な様式――新体詩様式に到らないのか寧ろ不思議である。
新体詩様式は、未だ十分の発達を示してはゐないけれども、人々はその案外に困難なる故を以てかどうか、何時の間にか退却し、昨今再び立向つてゐる状勢だが、猶極めて怠惰な立向ひ方と云へよう。
その退却する時十分自覚的でなかつた如く、今更めて立向ふにも自覚的な人は甚だ稀なやうである。
私としては、従来のものを一新しようといふ新短歌作者等が、どうしていつそ寛闊な様式――新体詩様式に到らないのか寧ろ不思議である。
新体詩様式は、未だ十分の発達を示してはゐないけれども、人々はその案外に困難なる故を以てかどうか、何時の間にか退却し、昨今再び立向つてゐる状勢だが、猶極めて怠惰な立向ひ方と云へよう。
その退却する時十分自覚的でなかつた如く、今更めて立向ふにも自覚的な人は甚だ稀なやうである。