だからこの解釈は人間と虫けらを概括するところに面白味があって、哲学者の喜びそうな、美しいものであるが、自分の考えを云うと全くそうじゃないらしい。
虫の方で気兼をしたり、贅沢を云ったりするんじゃなくって、食われる人間の方で習慣の結果、無神経になるんだろうと思う。
虫は依然として食ってるが、食われても平気でいるに違ない、もっとも食われて感じないのも、食われなくって感じないのも、趣こそ違え、結果は同じ事であるから、これは実際上議論をしても、あまり役に立たない話である。
だからこの解釈は人間と虫けらを概括するところに面白味があって、哲学者の喜びそうな、美しいものであるが、自分の考えを云うと全くそうじゃないらしい。
虫の方で気兼をしたり、贅沢を云ったりするんじゃなくって、食われる人間の方で習慣の結果、無神経になるんだろうと思う。
虫は依然として食ってるが、食われても平気でいるに違ない、もっとも食われて感じないのも、食われなくって感じないのも、趣こそ違え、結果は同じ事であるから、これは実際上議論をしても、あまり役に立たない話である。