かくて象の鼻を撫でた人は細いといひ象の胴を撫でた人は太いと云つてゐるのと同断で、何もそれは象のことを云つてゐるのではないのである。
扨、象のことを知らないで、象の部分を知つたことを以て、何かおぼろに感じた象のことを言表はさうとするやどんなことになるであらうか?
とまれ作品は一個の全体的な或物でなければならない、象の鼻だけではすまない、然るに鼻しか知らないといふ時には、本来なら、おのづと象が描きたくなるものではないのだが、而も文学をやつて来た以上それを描きもしなければならぬといふ極く卑近な理由からしてともかく象を描かうといふ場合、我々はかの意志にばかり依拠することとなるのである。