何サ、芸術は衣食的実用品ではないのである。
誰も君なら君にそれを生んで呉れと要求するものはないのであるから、君がそれを生まうとなら、別して誠実でなければならないものを、文士の方が却て一般世人よりはよつぽど実がないとあつては、それで何が文学であらう!
又一方、偶々外国の作品のその「流れ」や「終始」を感得する人々があつても、さういふ人々はまたイヤに落付いてゐて、何らの意味ででも外国文学一般といふものを知らうとしないから、つまり有り得た、又有り得べきフォルムのあれやこれやを納得しないから、AならAといふ作品に感動したとしても、そのAが自分の文学観の何の位置に在るものかが決らないから、手を出してゐたら丁度其処へボールが飛込んだやうなもので、なにもボールを受とめたこととはならない。