叔母をだつて、何も訪ねる筈でもなかつたのだが、二十代より後家でありその後貧乏のしつづけで、息子はをらずからだは弱く、おまけに僕も此の十三年間に、可なり心身共に疲労し、チツトは気も軟らかくなつたからこそ訪ねたやうなもので、予てほかの親戚で聞いて御承知ではあらうが、僕が過ぐる一年間に一度訪ねたといふことは、どんな意味にまれ破格のことですゾ。
読者に申上げるが、小生は親がないのでもない、貧乏といふ程でもない、それどころか恐ろしい子煩悩の親を持つ者であり、小生がその親を離れて文学青年暮しを十三年もやつて、その間親はたゞ送金する以外の何者でもないといふ生活をするためには、僕としてよつぽど骨が折れたのだし、文学は三度の御飯よりも好きであつたのだが、それにしてもその時間の余裕にかけては天下一品の生活が自分に出来たといふのは、我ながら不思議にさへ思はれます。
小生の親父が、息子はみんな帝国大学に入れて洋行させようと思つてゐる理想派であることを申上げれば、そして現在三十にもなつた小生が、これからでも高校に這入ると云へば勇み立つでもあらうその親父が、どんな運命の手配りによつてか、とまれかくまれブラ公をブラの儘で野放しにしてゐるといふことは、実に前世の約束とでも申しませうか。