――さう云はれてみれば今でも自分のそんな癖はあつて、なにかそれは exchange といふことの面白さだと思ふのだが、それは今私も子供を持つて、やつと誕生を迎へたばかりのその子供が、硝子のこちらでバアといつて母親を見て、直ぐ次には硝子のあちら側からバアといつて笑ひ興ずる、そのことにも思ひ合されて自分には面白いことなのだが、それは何か化学的といふよりも物理的な気質の或物を現はしてはゐまいか。
その後四つ五つとなると、私は大概の玩具よりも遥かに釘だの戸車だの卦算だのを愛するやうになるのだが、それは何かうまく云へないまでも大変我乍ら好もしいことのやうに思はれてならない。
何かそれは、現実的な理想家気質――とでもいふやうなものではないのか。