今匈奴が西河に侵入したとあれば、汝はさっそく陵を残して西河に馳せつけ敵の道を遮れ、というのが博徳への詔である。
李陵への詔には、ただちに漠北に至り東は浚稽山から南は竜勒水の辺までを偵察観望し、もし異状なくんば、浞野侯の故道に従って受降城に至って士を休めよとある。
博徳と相談してのあの上書はいったいなんたることぞ、という烈しい詰問のあったことは言うまでもない。
今匈奴が西河に侵入したとあれば、汝はさっそく陵を残して西河に馳せつけ敵の道を遮れ、というのが博徳への詔である。
李陵への詔には、ただちに漠北に至り東は浚稽山から南は竜勒水の辺までを偵察観望し、もし異状なくんば、浞野侯の故道に従って受降城に至って士を休めよとある。
博徳と相談してのあの上書はいったいなんたることぞ、という烈しい詰問のあったことは言うまでもない。