それによると司馬談は己のまた起ちがたきを知るや遷を呼びその手を執って、懇ろに修史の必要を説き、己太史となりながらこのことに着手せず、賢君忠臣の事蹟を空しく地下に埋もれしめる不甲斐なさを慨いて泣いた。
「予死せば汝必ず太史とならん。
太史とならばわが論著せんと欲するところを忘るるなかれ」といい、これこそ己に対する孝の最大なものだとて、爾それ念えやと繰返したとき、遷は俯首流涕してその命に背かざるべきを誓ったのである。
それによると司馬談は己のまた起ちがたきを知るや遷を呼びその手を執って、懇ろに修史の必要を説き、己太史となりながらこのことに着手せず、賢君忠臣の事蹟を空しく地下に埋もれしめる不甲斐なさを慨いて泣いた。
「予死せば汝必ず太史とならん。
太史とならばわが論著せんと欲するところを忘るるなかれ」といい、これこそ己に対する孝の最大なものだとて、爾それ念えやと繰返したとき、遷は俯首流涕してその命に背かざるべきを誓ったのである。