武帝に仕えていたのだが、先年協律都尉李延年の事に坐するのを懼れて、亡げて匈奴に帰したのである。
血が血だけに胡風になじむことも速く、相当の才物でもあり、常に且鞮侯単于の帷幄に参じてすべての画策に与かっていた。
李陵はこの衛律を始め、漢人の降って匈奴の中にあるものと、ほとんど口をきかなかった。
武帝に仕えていたのだが、先年協律都尉李延年の事に坐するのを懼れて、亡げて匈奴に帰したのである。
血が血だけに胡風になじむことも速く、相当の才物でもあり、常に且鞮侯単于の帷幄に参じてすべての画策に与かっていた。
李陵はこの衛律を始め、漢人の降って匈奴の中にあるものと、ほとんど口をきかなかった。