その後蘇武が窖の中に幽閉されたとき旃毛を雪に和して喰いもって飢えを凌いだ話や、ついに北海(バイカル湖)のほとり人なき所に徙されて牡羊が乳を出さば帰るを許さんと言われた話は、持節十九年の彼の名とともに、あまりにも有名だから、ここには述べない。
とにかく、李陵が悶々の余生を胡地に埋めようとようやく決心せざるを得なくなったころ、蘇武は、すでに久しく北海のほとりで独り羊を牧していたのである。
李陵にとって蘇武は二十年来の友であった。
その後蘇武が窖の中に幽閉されたとき旃毛を雪に和して喰いもって飢えを凌いだ話や、ついに北海(バイカル湖)のほとり人なき所に徙されて牡羊が乳を出さば帰るを許さんと言われた話は、持節十九年の彼の名とともに、あまりにも有名だから、ここには述べない。
とにかく、李陵が悶々の余生を胡地に埋めようとようやく決心せざるを得なくなったころ、蘇武は、すでに久しく北海のほとりで独り羊を牧していたのである。
李陵にとって蘇武は二十年来の友であった。