随った弟子達も大部分はもちろん沽りたいのだが、子路は必ずしも沽ろうとは思わない。
権力の地位に在って所信を断行する快さは既に先頃の経験で知ってはいるが、それには孔子を上に戴くといった風な特別な条件が絶対に必要である。
それが出来ないなら、むしろ、「褐(粗衣)を被て玉を懐く」という生き方が好ましい。
随った弟子達も大部分はもちろん沽りたいのだが、子路は必ずしも沽ろうとは思わない。
権力の地位に在って所信を断行する快さは既に先頃の経験で知ってはいるが、それには孔子を上に戴くといった風な特別な条件が絶対に必要である。
それが出来ないなら、むしろ、「褐(粗衣)を被て玉を懐く」という生き方が好ましい。