一生を焦躁と憤懣との中に送った伯父の遺言が、皮肉にも、憤る勿れ、となっていたのである。
三造の思出すのは大抵このような意地の悪いことばかりだった。
ただ、一、二年前と少し違って来たのは、ようやく近頃になって彼は、当時の伯父に対する自分のひねくれた気持の中に「余りに子供っぽい性急な自己反省」と、「自分が最も嫌っていたはずの乏しさ」とを見るようになったことである。
一生を焦躁と憤懣との中に送った伯父の遺言が、皮肉にも、憤る勿れ、となっていたのである。
三造の思出すのは大抵このような意地の悪いことばかりだった。
ただ、一、二年前と少し違って来たのは、ようやく近頃になって彼は、当時の伯父に対する自分のひねくれた気持の中に「余りに子供っぽい性急な自己反省」と、「自分が最も嫌っていたはずの乏しさ」とを見るようになったことである。