七十噸の縦帆船は、マルケサス・パウモツ・タヒティ・ハワイ・ギルバァトを経て一年半に亘る巡航の後、一八八九年の終にサモアのアピア港に着いた。
海上の生活は快適で、島々の気候は申分なかった。
自ら「咳と骨に過ぎない」というスティヴンスンの身体も、先ず小康を保つことが出来た。
七十噸の縦帆船は、マルケサス・パウモツ・タヒティ・ハワイ・ギルバァトを経て一年半に亘る巡航の後、一八八九年の終にサモアのアピア港に着いた。
海上の生活は快適で、島々の気候は申分なかった。
自ら「咳と骨に過ぎない」というスティヴンスンの身体も、先ず小康を保つことが出来た。