読者のR・L・S・氏に望む所のものは、固よりその麗筆に係る南海の猟奇的冒険詩に有之候』冗談ではない。
私があの原稿を書く時、頭に浮べていた模範は、十八世紀風の紀行文、筆者の主観や情緒を抑えて、即物的な観察に終始した・ああいう行き方なのだ。
「宝島」の作者は何時迄も海賊と埋もれた宝物のことを書いていればいいのであって、南海の殖民事情や、土着民の人口減少現象や、布教状態に就いて考察する資格が無いとでもいうのか?
読者のR・L・S・氏に望む所のものは、固よりその麗筆に係る南海の猟奇的冒険詩に有之候』冗談ではない。
私があの原稿を書く時、頭に浮べていた模範は、十八世紀風の紀行文、筆者の主観や情緒を抑えて、即物的な観察に終始した・ああいう行き方なのだ。
「宝島」の作者は何時迄も海賊と埋もれた宝物のことを書いていればいいのであって、南海の殖民事情や、土着民の人口減少現象や、布教状態に就いて考察する資格が無いとでもいうのか?