少年期を纔かに脱した頃、未だ一つの小説をも、ものしない前に、彼は、将棋の名人が将棋に於て有つような自信を、表現術の上に有っていた。
エンジニーアの血を享けた彼は自己の途に於ても技術家としての誇を早くから抱いていた。
彼は殆ど本能的に「自分は自分が思っている程、自分ではないこと」を知っていた。
少年期を纔かに脱した頃、未だ一つの小説をも、ものしない前に、彼は、将棋の名人が将棋に於て有つような自信を、表現術の上に有っていた。
エンジニーアの血を享けた彼は自己の途に於ても技術家としての誇を早くから抱いていた。
彼は殆ど本能的に「自分は自分が思っている程、自分ではないこと」を知っていた。