中島敦 『盈虚』 荒涼たる生活の中で、唯一つの慰めは、息子の公子疾であった。 現在の衛侯輒とは異腹の弟だが、蒯聵が戚の地に入ると直ぐに、母親と共に父の許に赴き、其処で一緒に暮らすようになったのである。 志を得たならば必ず此の子を太子にと、蒯聵は固く決めていた。 中島敦の名言・名文を読む 用例を検索する → シェア