兄は、前からずっとこの土地にいたのだから、あのひとは、べつだけれども、あたしは父とふたりで東京へ出て、大戦がはじまる前だってちっとも楽じゃ無かったし、いよいよ大戦がはじまって、あたしも父の工場に出て職工さんたちと一緒に働くようになった頃から、もう、あたしたちは生きているのだか死んでいるのだか、何が何やら、無我夢中でその日その日を送り迎えして、そのうちに綺麗に焼かれて、いまはあたしたちのものと言ったら、以前こちらに疎開させてあった行李五つだけ、本当にもうそれだけなのよ。
父がひとり東京に踏みとどまって頑張って、あたしだけ、兄のところへやっかいになりに来たのだけれども、本当にあたしには何も無いのよ。
何も無いから仕方なくこんないやらしい派手な着物なんかを行李の底から引っぱり出して着ているのだけど、田舎の人たちの眼から見ると、あたしたちがおそろしくぜいたくなお洒落の衣裳道楽をしているみたいに見えているんじゃないかしら。