先日、私が久しぶりで阿佐ヶ谷の黄村先生のお宅へお伺いしたら、先生は四人の文科大学生を相手に、気焔を揚げておられた。
私もさっそく四人の大学生の間に割込んで、先生の御高説を拝聴したのであるが、このたびの論説はなかなか歯切れがよろしく、山椒魚の講義などに較べて、段違いの出来栄えのようであったから、私は先生から催促されるまでも無く、自発的に懐中から手帖を出して速記をはじめた。
以下はその座談筆記の全文であって、ところどころの括弧の中の文章は、私の蛇足にも似た説明である事は前回のとおりだ。
先日、私が久しぶりで阿佐ヶ谷の黄村先生のお宅へお伺いしたら、先生は四人の文科大学生を相手に、気焔を揚げておられた。
私もさっそく四人の大学生の間に割込んで、先生の御高説を拝聴したのであるが、このたびの論説はなかなか歯切れがよろしく、山椒魚の講義などに較べて、段違いの出来栄えのようであったから、私は先生から催促されるまでも無く、自発的に懐中から手帖を出して速記をはじめた。
以下はその座談筆記の全文であって、ところどころの括弧の中の文章は、私の蛇足にも似た説明である事は前回のとおりだ。