太宰治 『もの思う葦』 どうにでもなれと、一日一ぱいふんぞりかえって寝て居ると、わが身に、慈眼の波ただよい、言葉もなく、にこやかに、所謂えびす顔になって居る場合が多い。 われながら、まるでたわいがないのだ。 この項、これだけのことで、読者、不要の理窟を附さぬがよい。 太宰治の名言・名文を読む 用例を検索する → シェア