どうも、此頃、人の年齢のほどが判らなくなってしまいました。
十五の人も三十の人も四十の人も、また或は五十の人も、同じことに怒り、同じことに笑い興じ、また同様に少しずるく、また同様に弱く卑屈で、実際、人の心理ばかりを見ていると、人の年齢の差別など、こんぐらかって来てわからなくなり、どうでもいいようになってしまうのであります。
先日の二人の学生さんだって、十六七には見えながら、その話振りには、ちょいとした駈引などもあり、なかなか老成していた箇所がありました。
どうも、此頃、人の年齢のほどが判らなくなってしまいました。
十五の人も三十の人も四十の人も、また或は五十の人も、同じことに怒り、同じことに笑い興じ、また同様に少しずるく、また同様に弱く卑屈で、実際、人の心理ばかりを見ていると、人の年齢の差別など、こんぐらかって来てわからなくなり、どうでもいいようになってしまうのであります。
先日の二人の学生さんだって、十六七には見えながら、その話振りには、ちょいとした駈引などもあり、なかなか老成していた箇所がありました。