和田平太胤長さまの御屋敷は荏柄の聖廟の真向ひにございまして、それは胤長さまの御配流と共に没収せられ、なにしろ御ところのすぐ近くの土地でございまして御ところへ伺候するのに便利なものでございますから、皆がそのお屋敷を内々お望みの御様子でございましたけれども、左衛門尉義盛さまは、いまはせめて最後の一つの願ひとして、そのお屋敷を拝領いたしたいと、五条のお局さまを通して将軍家にこつそり御申入れなさつたのでございます。
その時、将軍家は、お局さまのお言葉をみなまで聞かず、つづけて二、三度せはしげに御首肯なされて、即座に御聴許のお手続きをなされ、それからぼんやり全く他の事をお考への御様子で、しばらく黙つてうなだれて居られました。
あのやうにお力無い将軍家を拝したのは、私にとつて、御奉公以来まことに、はじめての事でございました。