廿日、己亥、晴、広元朝臣御所に参じ、相州の中使と称して、御昇進の間の事、諷諫し申す、須らく御子孫の繁栄を乞願はしめ給ふ可くば、御当官等を辞し、只征夷将軍として漸く御高年に及びて、大将を兼ねしめ給ふ可きかと云々、仰せて云ふ、諫諍の趣、尤も甘心すと雖も、源氏の正統此時に縮まり畢んぬ、子孫敢て之を相継ぐ可からず、然らば飽くまで官職を帯し、家名を挙げんと欲すと云々、広元朝臣重ねて是非を申す能はず、即ち退出して、此由を相州に申さると云々。
同年。
十月大。
廿日、己亥、晴、広元朝臣御所に参じ、相州の中使と称して、御昇進の間の事、諷諫し申す、須らく御子孫の繁栄を乞願はしめ給ふ可くば、御当官等を辞し、只征夷将軍として漸く御高年に及びて、大将を兼ねしめ給ふ可きかと云々、仰せて云ふ、諫諍の趣、尤も甘心すと雖も、源氏の正統此時に縮まり畢んぬ、子孫敢て之を相継ぐ可からず、然らば飽くまで官職を帯し、家名を挙げんと欲すと云々、広元朝臣重ねて是非を申す能はず、即ち退出して、此由を相州に申さると云々。
同年。
十月大。