ひとびとの情で一夏、千葉県船橋町、泥の海のすぐ近くに小さい家を借り、自炊の保養をすることができ、毎夜毎夜、寝巻をしぼる程の寝汗とたたかい、それでも仕事はしなければならず、毎朝々々のつめたい一合の牛乳だけが、ただそれだけが、奇妙に生きているよろこびとして感じられ、庭の隅の夾竹桃の花が咲いたのを、めらめら火が燃えているようにしか感じられなかったほど、私の頭もほとほと痛み疲れていた。
そのころのこと、戸籍調べの四十に近い、痩せて小柄のお巡りが玄関で、帳簿の私の名前と、それから無精髯のばし放題の私の顔とを、つくづく見比べ、おや、あなたは……のお坊ちゃんじゃございませんか?
そう言うお巡りのことばには、強い故郷の訛があったので、「そうです」私はふてぶてしく答えた。