などと言ってる間に和尚は、上手投げという派手な手を使って、ものの見事に荒磯の巨体を宙に一廻転させて、ずでんどうと土俵のまん中に仰向けに倒した。
その時の荒磯の形のみっともなかった事、大鯰が瓢箪からすべり落ち、猪が梯子からころげ落ちたみたいの言語に絶したぶざまな恰好であったと後々の里の人たちの笑い草にもなった程で、和尚はすばやく人ごみにまぎれて素知らぬ振りで山の庵に帰り、さっぱりした気持で念仏を称え、荒磯はあばら骨を三本折って、戸板に乗せられて死んだようになって家へ帰り、師匠、あんまりだ、うらみます、とうわごとを言い、その後さまざま養生してもはかどらず、看護の者を足で蹴飛ばしたりするので、次第にお見舞いをする者もなくなり、ついには、もったいなくも生みの父母に大小便の世話をさせて、さしもの大兵肥満も骨と皮ばかりになって消えるように息を引きとり、本朝二十不孝の番附の大横綱になったという。
(本朝二十不孝、巻五の三、無用の力自慢)